「旭山記念公園の由来」碑。

(あしあと その658)

札幌市内を一望にできる旭山記念公園の展望広場の一隅に、白御影石でできた「旭山記念公園の由来」碑が建てられています。

碑面には、

「旭山記念公園の由来

札幌市創建百年(昭和四十三年)を記念して、昭和四十一年から五年の歳月と一億五千万円で昭和四十六年に開園しました。

用地は、昭和二十二年北海道拓殖銀行からの十六・五ヘクタールの寄附地を核とした面積二十・八ヘクタールで、見事な街の眺望を活したイタリヤ露壇式とイギリス風景式の手法を加味した設計のもとに、市民記念植樹による結婚の森・ポートランド・ミュンヘンの森・JCの森およびライオンズの桜など楽しい樹林地と全道から百種類の樹木を集めた学びの森があり、山頂展望台の海抜は百三十五・五メートルであります。」

と刻まれています。

碑は札幌市街を望んで建てられており、その碑の背面には、「昭和五十五年六月 寄贈 新凍土短歌会」と刻まれています。

旭山記念公園がある一帯には、かつては農耕地や牧場が広がっていました。大正時代に入ると急速に宅地の分譲が進められ、大正11年には札幌温泉土地株式会社が温泉施設の建設を計画し、大正13年に札幌温泉が完成しました。当時は温泉の掘削技術がまだ未熟であったため、はるか定山渓温泉から配湯管を引き、そのお湯を沸かして利用していました。札幌温泉はわずか6年ほどで閉鎖となりましたが、昭和21年に土地を所有していた北海道拓殖銀行が札幌市にスキー場として寄付し、札幌市は一時期スキー場として活用した後に、一帯の土地を合わせて旭山記念公園として整備しました。

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