「東用水記念碑」。

(あしあと その594)

北1条宮の沢通と手稲左股通の交差点の角に、西消防署西野出張所がありますが、その東側の空き地の中にひっそりと石碑がたたずんでいます。

大きな石板の碑の碑面には、「東用水記念碑」と大きく刻まれ、その左側に「龍堂書」と添えられています。


碑の背面には、

「昭和三十三年九月八日 東灌漑溝組合員一同

大正十三年二月十九日水利権確認 佐々木熊吉 竹末保太郎 他三十五名

施工 琴似町 石谷石材店」

と刻まれています。

西野地区の開拓は、明治4年に越後からの入植者の手によって進められましたが、地域の中心を流れる発寒川の清流がありながらも、水利がとても悪く、開拓は困難を極めました。その後灌漑溝や用水路が整備されて米作が広く行われるようになり、西野米の産地として有名になりました。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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