「集団帰国記念」碑。

(あしあと その50)

札幌市民の憩いの場であり、都心を南北に分かつように東西に細長く延びる大通公園。元は都市化が進む札幌市街の防火帯として整備されたこの大公園の西7丁目の片隅に、「集団帰国記念」碑がひっそりと佇んでいます。

その場所は、南大通の西8丁目側の公園の片隅にある、赤枠が目立つ公衆電話ボックスの裏側に、人目に立たぬように建てられています。

碑面には、

「贈 野村楓七本

朝鮮民主主義人民共和国公民

集団帰国記念

1959年11月

朝鮮総連札幌支部帰国者集団」

と刻まれており、その碑文にあるように、碑の周りを楓の木が囲んでいます。

戦時中、不足していた労働力を大量に補うために、多くの朝鮮人が日本に送り込まれました。先日このブログで紹介した北電の藻岩発電所の建設にも、たくさんの朝鮮人が遠く祖国を離れて労働に従事し、過酷な環境のもとで命を落とした人間も多数います。

昭和34年日本赤十字社と朝鮮赤十字会の間で、「在日朝鮮人の帰還に関する日朝赤十字協定」が締結され、その年から朝鮮への帰国事業が始まりました。北海道からは約2千人の朝鮮人が帰国したそうです。

高さ50センチ、幅72センチ、奥行き25センチのこじんまりとしたこの碑は、公園を過ぎゆく人の目に触れる機会はほとんどなく、公園の一隅に置き去りにされているようです。

第二次世界大戦後、南北に分断された祖国に向かう帰国者の思いは複雑なものがあったことでしょう。

('15/05/03 追記する)

平成27年の春にこの碑のそばを通りかかったところ、電話ボックスが新しいものに変更されていました。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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