「尼港殉難碑」。

(あしあと その29)

彰徳苑の7つ目の碑。それは「尼港殉難碑」です。

尼港とは、ロシア極東部を流れるアムール川の下流域に所在する、現在の港湾都市ニコラエフスク・ナ・アムーレを指します。

尼港事件は、大正9年3月から5月にかけて起こった、赤軍パルチザンによる住民大量虐殺事件のことです。この事件でシベリアに進駐していた日本守備隊及び居留民約730名全員が殺害されました。

この事件の背景には、ロシア革命以後の混迷に乗じて社会主義革命を圧殺することを目的にした、日・米・英・仏の四国による大量派兵があります。当時のニコラエフスクには、商人を中心とする多数の一般の日本人が居住し、そのほかに旭川の第七師団及び月寒の第二十五連隊の守備隊が駐留していましたが、ロシア人、中国人、朝鮮人による赤軍パルチザンの襲撃に対して決起した両部隊は全滅し、またこの事件で日本人居住者を含む約6千名が虐殺されました。

この碑は、当初昭和3年10月に旭ヶ丘に建立されましたが、昭和35年3月に現在の地に移設されました。

('14/12/06 以下を追記する)

この碑は、札幌在郷軍人会札幌区分会の努力によって、山鼻屯田兵の演習場跡地であった現在の旭ヶ丘公園に建てられていたもので、護国神社が整備されたことに伴って移設されました。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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