「歩兵第二十六連隊軍旗奉焼之碑」。

(あしあと その26)

彰徳苑の4つ目の碑が、「歩兵第二十六連隊軍旗奉焼之碑」です。台座を含む高さ2.6メートルの白御影石でできた堂々たる碑の裏側に、「昭和六十一年九月十二日建立 古田千代枝撰書」と刻まれています。

碑のすぐ後ろ側に沿革史が刻まれた石板が置かれていますが、碑に接近しすぎているせいで読み取ることはとても困難です。その碑文には

「歩兵第二十六連隊軍旗の沿革

明治三十三年十二月二十二日 軍紀親授式 皇城正殿

  同  年十二月二十六日 軍紀拝授式 旭川練兵場

大迫師団長より次の勅語が伝達された

勅語 歩兵第二十六連隊ノ為ニ軍旗一旒(りゅう)ヲ授ク 汝軍人等協力同心シテ益々威武ヲ宣揚シ 我帝国ヲ保護セヨ

太田連隊長は次の如く奉答する

謹ンデ 明勅ヲ奉ス 臣等死力ヲ竭(つく)シ誓ッテ国家ヲ保護セン

明治三十七年十一月同三十九年三月 日露戦争に従軍第三軍に属し赤坂山二〇三高地奉天戦に参加

大正六年四月同八年五月 満洲派遣 北満に駐剳(とう)中シベリヤ事変に参加

大正九年八月同十年七月 満洲派遣 サガレンに出兵 討伐 警備 治安維持

昭和九年三月同十年七月 満洲派遣 満洲事変に従軍 討伐 警備 治安維持

昭和十三年三月同十五年九月 満洲派遣 支那事変に従軍 チチハルに駐屯

  昭和十三年三月-六月 徐州会戦に参加

    同 年八月-九月 長 峯事件に参加

   同十四年六月-九月 第二次ノモンハン事件に参加

   同十四年九月-同一五年九月 ハンダガイ附近の国境警備

昭和十六年十二月同二十年八月 大東亜戦争に従軍 昭和十九年二月-十月 北千島幌筵(パラムシル)島に進駐して同島の守備 

   同年十月本土決戦に備えて道東地区の守備

   同二十年八月十五日ポツダム宣言を受諾

   同年八月十七日極秘電により札幌月寒に移駐

   同年九月十日軍令により月寒神社境内において軍旗を奉焼

ここに光輝或るある歩兵第二十六連隊の終焉をつぐ

輝けるわれらが御旗のいさおしは平和のねがいこめてわすれじ

歴戦の強者どもが畏(か)しこみて散りにし御旗ここに鎮まる

昭和六十一年九月十四日 歩兵第二十六連隊軍旗奉焼之碑建立期成会一同識」

と刻まれています。

これを読むと、歴戦の勇士が揃う歩兵第二十六連隊の華々しい活躍が目に浮かぶようです。敗戦を迎えてその存在意義を失った兵士たちが、栄光ある部隊の軍旗が焼かれることを知らされた悔しさは想像に難くありません。

長く残酷な戦争を終えて、永遠の平和を誓った日本人の戦後に続く一区切りでもあったことでしょう。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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