「北海道庁立札幌高等女学校記念碑」。

(あしあと その19)

北2条西11丁目にある札幌市立大通高等学校の敷地の南東角に建てられている石碑が、「北海道庁立札幌高等女学校記念碑」です。

明治35年にこの場所に開校した高等女学校は、昭和23年の新学制の実施によって 「北海道立札幌女子高等学校」 となり、2年後の昭和25年には男女共学の「北海道札幌北高等学校」に改称されました。

昭和29年札幌北高校が現在地の北区北25西11に移ると、 その後は「札幌市立陵雲中学校」となり、昭和44年に陵雲中学校が統合によって廃校された後は、「札幌大通小学校」が大通西11丁目から移転しました。そして大通小学校が平成16年に閉校した後、現在この場所には平成20年に開校した「札幌市立大通高等学校」の学び舎が建てられています。

このことは、副碑の碑文にも次のように述べられています。

「北海道庁立札幌高等女学校は明治三十五年本道女子中等教育の嚆矢としてこの地に創設された

高潔・清楚・温雅・堅忍の校風に育てられた有為の人材は校庭の楡の大樹を母校の象徴・心の故郷としつつ家庭に社会に多大な貢献をなした

第二次世界大戦後昭和二十三年の学制改革により北海道立札幌女子高等学校を経て北海道札幌北高等学校と改称された

昭和二十九年校舎を北区北二十五条西十一丁目に新築移転し創立以来のよき伝統を今日に継承している」

北大植物園に並ぶこの一角は、歴代学びの地として、世に多くの生徒を送り出しているんですね。

('14/11/26 追記する)

正碑には大きく「北海道庁立札幌高等女学校記念碑」と刻まれ、その左脇に「田上裕子書」と揮毫した方の氏名と落款が記されています。

碑の背面には、

「平成四年十一月吉日

北海道札幌北高等学校創立九十周年

記念事業協賛会

財団法人 札幌北高等学校 同窓会

建立」

と刻まれています。

田上裕子氏は書道家の田上氏と同一人物と思われますが、私の調べた範囲では確定できていません。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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