「北海道総鎮守 北海道神宮」碑。

(あしあと その15)

昨日、今日と札幌の中心部を歩く機会があったので、ちょっと寄り道してなどしてみました。

駅前通を大通から札幌駅方向に向かっていくと、北1条宮の沢通の西4丁目側の中央分離帯に背の高い石碑が立っています。これが、「北海道総鎮守 北海道神宮」碑です。東側の正面には「北海道総鎮守 北海道神宮」と彫刻されていて、その南面には「従是西二十八町(これよりにし28ちょう)」と記されています。1町は約109メートルなので、28町は約3キロメートル。これは、この石碑から西25丁目にそびえたつ第1鳥居までの距離を示していると思われます(実際の距離は約2.7キロメートル)。

この石碑は、大正9年に西20丁目から第1鳥居までの耕作地が開削されて、北1条宮の沢通が表参道として開通したことを記念して建てられました。そのため、碑の裏側の西面には、

「大正九年六月一日神社参道開鑿記念 祭典大十區」

と記されています。ちなみに北面の揮毫は、当時の宮司の筆によるもののようです。

('15/04/29 追記する)

北側の碑面には、4字の筆文字が刻まれていますが、言葉の意味については判然としません。その下には、落款とともに「宮司〇〇」と刻まれており、北海道神宮の歴代宮司の一人による揮毫と思われます。

また、碑の台座の北側には、

「代表委員 大竹敬助 伊藤亀太郎 篠原要次郎」

と記されていますが、このうち大竹敬助は、明治中ごろに創業された山形屋旅館の創始者であり、また伊藤亀次郎は、札幌の土建業の草分けである伊藤組の創始者になります。

('15/05/31 追記する)

石碑の右側面に刻まれた筆文字は「至誠通神」と書かれており、第10代宮司である宮澤春文による揮毫であることがわかりました。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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