「ホーレス・ケプロン之像」。

(あしあと その12)

大通公園の西10丁目に黒田清隆の像と並んで建っているのが、「ホーレス・ケプロン之像」です。

アメリカの農務官僚であったケプロンは、その当時北海道開拓に先進国の技術を採用しようと渡米していた黒田清隆の強い懇請を受け、1871年に長官の職を辞して日本にやってきました。彼は、1875年に帰国するまでの約4年間にわたって北海道の産業の振興に尽力し、その発展の基礎を築きました。彼の功績なくして今の北海道はあり得ないと言っても過言ではないでしょう。

彼の像は左足を半歩前に踏み出し、左手を胸の辺りに、右手は人差し指を伸ばして軽く前に振っています。その姿は、未開の北海道を切り開く開拓者としての誇りと、未来を見据えた強い意気込みを感じさせます。

('14/11/23 追記する)

像の台座の側面にはめ込まれた小さなブロンズ板には、

「題字 町村金五 構想 加藤顕清 制作 野々村一男」

と記されています。

また台座背面には、ホーレス・ケプロンの英語表記とともに、次のように記されたブロンズ板がはめ込まれています。

「ホーレス・ケプロンは、アメリカ合衆国の人。明治四年わが国政府の招きに応じ、合衆国農務長官の要職を辞して開拓使教師頭取兼顧問となり、北海道開拓の大業に参画した。すなわち、多くの外国人技師を指揮して本道の実情をきわめ、卓越した識見と豊かな経験に基づいて、北海道開拓の基本方策を進言し、開拓長官をたすけてその実現に努めた。その勲業まことに偉大である。

ここに北海道百年を迎えるにあたり、その偉業を回顧し、功績を永く後代に伝えるため、この像を建立する。

昭和四十二年十月

北海道開拓功労者顕彰像建立期成会

会長 廣瀬経一」

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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