「黒田清隆之像」。

(あしあと その11)

札幌の中心部を南北に分ける市民の憩いの場、大通公園の西10丁目に、公園を歩く市民を見守るように2人の人物の巨大なブロンズ像が建てられています。

東の方角を正面にして南北に並んで建つその北側の像が、後の内閣総理大臣である「黒田清隆之像」です。

薩摩出身の黒田は、明治2年から5年まで北海道開拓使の次官及び長官を務め、北海道開拓の礎を築きました。黒田が、箱館戦争において最後まで明治政府軍に抗戦した榎本武揚の助命に尽力したことは有名な話ですね。

像の建立は、北海道100年記念の年である昭和42年。像の台座正面に掲げられた題字は、自民党の町村信孝氏の実父で、当時北海道知事を努めていた町村金五氏の筆によるものです。

台座の背面にはめ込まれたブロンズ板には彼の略歴が記されており、彼の北海道における功績の数々が偲ばれます。

('14/11/23 追記する)

像の台座の側面にはめ込まれた小さなブロンズ板には、

「題字 町村金五 構想 加藤顕清 制作 雨宮治郎」

と記されています。また台座背面のブロンズ板には次のように記されています。

「黒田清隆は鹿児島県の人。明治三年開拓次官、のち開拓長官に任ぜられ、北海道開拓の大任にあたった。清隆はその性、明察果断にして、開拓の知識を先進国に学ぶ必要を痛感し、自ら海外におもむき知見を広めるとともに、ホーレス・ケプロンをはじめ、多数の外国人技師を招き、その進言を入れ、着々開拓の巨歩を進めた。北海道開発の基礎は、まさに清隆の卓見により確立したものというべく、その勲業まことに偉大である。

ここに北海道百年を迎えるにあたり、その偉業を回顧し、功績を永く後代に伝えるため、この像を建立する。

昭和四十二年十月

北海道開拓功労者顕彰像建立期成会

会長 廣瀬経一」

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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