「開拓紀念碑」。

(あしあと その5)

大通公園の西6丁目にある堂々たる偉容を誇る石碑。明治19年9月建立の「開拓紀念碑」です。

もとは北区に現存する札幌最初の都市公園である偕楽園に建てられたものです。

大通公園が市街中心部の大公園として整備されるようになったのを機に、明治38年偕楽園から今の西6丁目に移されました。

碑文の揮毫は、長らく榎本武揚の手によるものと思われてきましたが、研究の結果、中国の古典から該当する文字を抽出して並べ、拡大して写したものと判明したそうです。

この碑は、大通公園で最も古い碑なんですね。街の中心部にいて札幌の歴史を長く見つめてきたんだなあ。

('17.5.19追記する)

大通公園に点在する石碑や像に、写真のような説明板が立てられるようになりました。

それには、

開拓紀念碑

題字 王 義之

拓字 奥 並継(北海道開拓使 官吏)

設置年 1886年 移設 1901年

安山岩 高さ 21尺8寸5分 地盤 10尺8寸

大通公園で最も古い記念碑です。1882(明治15)年に開拓使が廃止された後、札幌神社の宮司らが中心となって募金を集め、1886(明治19)年に偕楽園内(現在の北7条西7丁目付近)に建立されました。1901(明治34)年に台座の補修を兼ねて、公的土地である現在の場所に移設されました。題字は中国の書聖・王義之の書から5字を拾い、刻まれたものです。開拓紀念碑の紀の文字は勅選または国家の公式の記録として制作された場合に使われます。」

と記されています。

歴史のあしあと 札幌の碑

ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑、記念碑が気になり始めてから、沢山の人にその存在を紹介してこうと思い、はじめはブログから始めました。札幌の歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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